お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “やっぱり言えないの”


ほんの半月ほど前には、
梅雨とは言え、雨が降っても蒸し蒸しして暑いと言っていたものが。
いい風が吹くので、油断していると風邪を拾うような朝晩もあるという。
五月初めを思わすような、何とも爽やかなお日和が戻って来ており。

 「………あれ?」

目覚めも爽やかに心地よく、
寝室から出て来ての まずはと通り道の窓を開けつつ、
玄関までのコースを向かい。
錠前を解いて表へ出ると、
うんっと両腕を天へ突き上げての大きな背伸び。
明るいお空を見上げ、
いいお天気だなぁというのを見やりながらの深呼吸は、
全身を内側から洗ったような爽快感をもたらして。
今日もいい日になりそだなと、
根拠はないけど いい始まりだしと。
鼻歌さえ出そうなご機嫌ぶりにて、郵便受けのある門まで向かう。
新聞を抜き取り、
今日はゴミ出しの日じゃなかったよねと胸の内にて再確認。
それから回れ右をして、
元来たポーチまでを戻っての玄関ドアを開けたれば、

 「にゃあvv」
 「おお、クロちゃん、おはようvv」

品のいい色合いでペルシャ風の柄を織り出した玄関マットの真ん中へ、
一番幼い家人がちょこりと座ってお出迎え。
まだ薄暗い時期だと、
鳴いてくれねば保護色に紛れて見落としたかも知れぬ、
つややかな黒い毛並みの、小さな黒猫さんであり。
さほど物音を立ててるつもりはないのだが、
ここからだと結構奥向きの居間で、
兄貴分にあたろうもう一人と、
何ともほんわかした構図、
身を寄せ合って寝ていたはずの彼ちゃんだのに。
毎朝こうしておはようのお出迎えをしてくれるマメな坊やで。

 「どうしました? お腹が空いたのかな?」

上がり框へと上がる動作の中、
片手で十分くるんとくるみ込めるほどの小さな仔猫さんを、
チノパンに包まれた長い御々脚をぎゅうと曲げ、
その足元という低さから、ひょいと抱えての、
淡色の大きめTシャツの胸元へと抱き寄せる。
毛並みだけでなく、小さなその身も幼くての柔らかくて。
手のひらの中で、おっととと安定を決めてから歩き出せば、
温かいのが、そのまま命の温度のようで愛おしい。
小鼻の真下、そちらも小さなお口を開けては、
にぃみぃと糸のように細い声で鳴くのも愛らしく。
たちまち相好を崩してしまった七郎次が向かったのは、
彼が寝ていたリビングの手前、
キッチンにも続いている、それは明るいダイニング。

 “久蔵はまだ寝てるんだろか。”

だとしたらば、カーテンを開けるのは可哀想かなと思い直し。
ダイニングの方、
真ん中が深く沈むように調整された
大きなビーズクッションがあるのへ クロちゃんを乗せる。
これがわんこなら、
ゲージに入れるのが正しい躾けなんだろなと、
そこは朧げながらも知っていた七郎次だが。

  ―― じゃあ、猫は?

人へのじゃれつきようが異なるためか、
こういうときに“ゲージへ入れましょう”という話は聞かないなぁと。
まずは そうと思ったものの、
万が一にも包丁や火、お湯や油を使っているところへ、
足元へ来られちゃあ危ないのは同じこと。
そこでと考えた末のこと、
上へ座ったり踏んだりすると、
かすかにサクサクという感触がして形の変わる、
砂のような細かいビーズを詰めた特殊繊維のクッションを、
彼らへのゲージ代わりに置いてある。
まだまだ身動きが覚束ぬ、幼く小さい子たちなので、
身軽じゃああるが、足元の不安定さには勝てぬらしく。
斜面になった縁を目がけて登ろうとするものの、
あれれ?登れないぞ、出られないぞと、
何度か試してからのやがては降参。
出してよぉ〜っと言わんばかり、
みぃにぃ呼んでくれるという順番なので、
家事から手が放せないときは重宝しておいでのおっ母様。

 “とはいえ、久蔵には効かないんですけれど。”

さすが、こういうことにも“一日の長”ってあるものか、
上手に一歩一歩を踏みしめて、
縁によいちょと登り詰めると、今度はそこに体重をかけての沈ませて、
楽々と脱走してしまう強わものだったりするのだが。

  まあ、今のところは その強わものさんは居ないので。

さあ朝ご飯の支度に取り掛かりましょうかと、
キッチンへと入って、金ザルを手にお米のハイザーへ歩み寄る。
最近の炊飯器は付けおきが要らないので、
夕飯では土鍋で炊くが、
朝は手早く米を洗って、そのままセットという手順。
二人プラス子猫たちの分として、三合を用意しかけたものの、

 “あれ?”

流し台にあったのが、赤銅製の長四角のフライパン。
丁寧に使い込まれたそれは、
七郎次にもお馴染みの、卵焼き器だったのだけれど、

 “なんで…?”

食器は勿論、こういった調理器具もまた、
使うはしから きっちり洗って水気を切り、
元の収納へしまう…というのを常としている彼にしてみりゃ。
床の上だのという妙な場所じゃなし、
一応は流しの上へ置いてあったにしても、
覚えが無さ過ぎたことへと ドキリとしたのは已なきこと。
ザルを抱えたまま、しばしその場へ立ち尽くしていたが、

 “……勘兵衛様、だろうよな。”

何か盗られたとかいうことならともかくも、
とどのつまりは出しっ放しという構図に驚かされただけ。
そして、自分に覚えがないならば、
あとは…もう一人の家人の仕業しかないワケで。

 “夜中にお腹が空かれたんだろか。でもなぁ…。”

一人で夜更かしも辞さぬという、
執筆中の晩ならともかく、
昨夜はその身が空いてた御主。
ついさっき抜け出して来た寝室の、
同じベッドに身を寄せ合って眠った相手でもあり。

 “お腹が…空いたんだろうか。/////////”

こそりと夏掛けから這い出てからも、
しばし見下ろしていた愛しいお顔。
明かりは勿論のこと、
カーテンも開かずという薄明るさの中だったとはいえ、
伏せておいでの目許とか、ゆったりとした寝息を数えるに、
それはぐっすりと眠っておいでだったけれど。

 “そういや、あのその……。///////”

えとえっと、
思い当たることがない訳じゃあないこともないかなと。
ややこしい遠回しに色々思い出したまんま、
頬とか耳朶とかをうっすらと真っ赤にした敏腕秘書殿。
昨夜は自分が先に沈没したから あのあのえっと、
それから今朝までに何があったかはまるきり知らぬ。
もしかして“小腹が減った”と、
キッチンまで運んだ勘兵衛かも知れず。
昨年買い替えたばかりの電子レンジは、
使い方とかご存知ないからなぁ。
それで、自分で判るものを使って、
何かしら こさえた勘兵衛なのだろか。

 “起こしてくださればよかったのに。”

ああでも、そんなの何だか興が冷めるとかどうとか、
お言いになりそな勘兵衛様だしな。
それより何より、疲れておろうに忍びないと、
そうと思ってくだすったのかもしれないなとか。
お優しい御主なことを思い出してたはずが、

 “疲れて…。/////”

何を連想したものか、
淡い金髪が だが、曖昧にはならずのいや映える、
色白なうなじまで赤らんでおいでの七郎次さん。

 「〜〜〜っ。///////」

とはいえ、
そんな場合じゃなかろという判断も、素早く沸いたらしくって。
ぶんぶんぶんと、
何かしらを振り払うようにして、
うなじに垂らした金の尻尾ごと、大きくかぶりを振って見せ。
深呼吸を何度かしてから、
おもむろにお米を洗いにかかったおっ母様の背中を見やりつつ、

 《 ……いきなり小者の鬼が出たので それで、
   腹が減ってしもうた我らだったのだがな。》

一体何を嗅ぎつけたのやら。
覇気が弱まったとでも思うたか、
一旦眠りに落ちた主人らのいる辺り、
油断の隙を衝いてのことだろ、
じわりと起こった瘴気が食指を伸ばしたものだから、

 『……っ!』

まずはと、
勘兵衛自身が結界の咒符にて陣を張ったの見澄まして、
屋敷へは入れぬぞとクロ殿が身を呈したその手前。
誰の縄張りで勝手をしとるかと、
寝床から途轍もない素早さで飛び出した紅蓮の君が、
白刃から放たれし閃光も鮮やかに、
文字通りの瞬く間に畳んでしまったものの、

 『…腹が減った。』

そうと訴え、台所へ向かいかかった久蔵殿の、
襟足咥えてクロが食い止め。
その間に勘兵衛があれこれ格闘し、
何とか…作り置きのチャーハンへ
ベーコン炒めを載っけたお夜食を供して。
何でどうしてこうまで散らかっているのと、
七郎次から不審を抱かれるという、
別口の難を逃れた台所だったのでありました。



  ―― あ。勘兵衛様、これで何かハムとか焼いたな?









   〜Fine〜  2012.06.28.


  *最後の一行を、言わせたくって書き始めたんですが、
   何だかどんどんと話が逸れてく、
   困った恋女房さんです。(おいおい)
   赤銅の玉子焼き器はウチにもありまして。
   一応は何にでも使えますが、
   母もわたしも玉子焼き専用と認識しておりますので、
   父やその他に ハムとかベーコンとかを焼かれると、
   おいおいと ついつい目許を眇めております次第。
   とはいえ、今のところの七郎次さんは、
   その手前で、こんだけ含羞んでおいでなので、
   まだそこまで意見出来る段階じゃないらしいです。

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